【活動報告③】高横須賀公民館で体験!「己書」と「蓮の花作り」に見る、文化普及の決定的な差とは。

プロフィール

私にとっての学びの場である高横須賀公民館。先月、こちらのイベントで2つの非常に興味深いクリエイティブな体験をしてきました。

それが、「己書(おのれしょ)」と「蓮の花作り」です。

どちらも指先と脳を刺激する素晴らしい体験ですが、この2つの文化が持つ「普及のスピードの差」について、地域経営の視点から深い気づきがありました。

■ 心のままに描く「己書」と、リアルな質感を紡ぐ「蓮紙」

まずは、それぞれの魅力をご紹介します。

◆ 己書(おのれしょ)とは?

読んで字のごとく、「自分だけのオンリーワンの書」です。 上手い下手といった既存の型にとらわれず、書き順や書き方にとらわれず、心のままに自由に描く、絵のような味わいのある書。これが面白い。今やそのフォントは「あっぱれフォント」としてパソコンでも利用でき、デジタルとの親和性も高い現代的な広がりを見せています。

◆ 蓮(ハス)の花作りとは?

「蓮紙(はすかみ)」と呼ばれる専用の輸入紙を使って、大輪の蓮の華を咲かせるクラフトです。 この蓮紙、数十枚の非常に薄い紙が絶妙に重ねられており、一枚一枚を丁寧に開いていくことで、ハスの花びらが持つあの独特でリアルな質感を表現できます。指先を使い、目の前で美しい大輪が完成していくプロセスは、至福の時間でした。

■ 激しい普及を見せる「己書」と、これからのがんばりを見せる「蓮の花作り」。両者の差は……?

会場で体験しながら感じたのは、「己書」は全国的にも急速に普及が進んでいるのに対し、「蓮の花作り」はまだまだ知る人ぞ知る段階にとどまっているという、明らかな差でした。

なぜ、これほどの違いが生まれるのか? 私はその決定的な要因は「再現性のハードル」と「プラットフォームの有無」にあると考えます。

① 道具と参入のハードル 
己書は「筆ペンと紙」さえあれば、いつでも、どこでも、誰でもすぐに始められます。一方で蓮の花作りは、海外から輸入される特殊な「蓮紙」という専用の素材が不可欠です。この「道具の入手しやすさ」の差が、日常への溶け込みやすさを左右しています。

② デジタル(拡張性)との掛け算 
己書は、描いた作品をSNSでシェアしやすく、さらには「あっぱれフォント」のようにデジタル化してパソコンで実用することすら可能です。アナログの温かさを持ちながら、デジタルという波に乗って拡散していく仕組みが整っています。

③ 教える仕組み(仕組み化)の差 
己書には、誰もが「先生」として次の人に教え、コミュニティを広げていける確立された師範制度のプラットフォームがあります。蓮の花作りもその体験価値は負けないほど高いからこそ、この「広がるための仕組み(仕組み化)」をどうデザインしていくかが、今後の普及のカギを握っていると感じました。

■ すべての体験を、知多半島の未来の「解」へ

どんなに素晴らしい技術や文化であっても、それを持続可能にし、より多くの人に届けるためには、ビジネスのロジックやプラットフォームの設計が必要不可欠です。今回の公民館での体験は、まさにその生きた教材でした。

素晴らしい文化を、ただの体験で終わらせない。 デジタルとリアルを交差させ、誰もが主役になれる仕組みをこの知多半島に実装していくために。

私はこれからも、あらゆる現場へ飛び込み、五感をフルに使って学び続けます。 高横須賀公民館の皆様、素晴らしい体験をありがとうございました。

「GO To 2033 ── 3つの変革、3つの主役、響きあうマチ。」

2026年7月3日 小川そうし 
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